「ゴルフの大会なのに、なぜこんなにゴミの分別に厳しいのだろう?」テレビ中継や現地の映像を見て、そう不思議に思ったことはありませんか。PGAツアーの中で最も異端であり、最も熱狂的な「WMフェニックスオープン」。その冠スポンサーである「WM」という2文字には、単なる企業名の略称を超えた、壮大な環境への挑戦とビジネス戦略が込められています。
2026年2月、今年もアリゾナ州スコッツデールには数十万人の観客が押し寄せますが、彼らが出す大量のゴミは、驚くべきことに埋立地へは一切行きません。この記事では、主軸キーワードである「WM」の正体から、なぜこの大会が「世界で最もグリーンなショー」と呼ばれるのか、その裏側にあるテクノロジーと情熱を徹底解説します。明日からの中継観戦が、これまでとは全く違った視点で楽しめるようになるはずです。
- WMの正体:北米最大の環境ソリューション企業「Waste Management」
- 大会の偉業:数十万人が集まりながら「埋立ゴミゼロ」を達成
- 2026年の見所:2月5日開幕、総額2,000万ドル規模の戦いと環境技術の進化
WMフェニックスオープンのWMとは?名称に隠れた企業戦略
大会名に冠されている「WM」は、かつて「Waste Management(ウェイスト・マネジメント)」という名称で知られていた企業の新しいブランド名です。単にゴミを処理するだけでなく、持続可能な環境サービス全体を担う企業としての意思表示が、この短い2文字に込められています。
なぜ一企業の名称変更が、これほどまでに世界的なゴルフ大会のアイデンティティと結びついているのでしょうか。ここでは、WMという企業の実態と、彼らがゴルフというスポーツを通じて世界に発信しようとしているメッセージについて、5つの視点から深掘りしていきます。
名称変更の背景と「WM」への進化
「Waste Management」から「WM」への変更は、単なるロゴの刷新ではありません。かつては廃棄物の回収と埋め立てが主な業務でしたが、現在はリサイクル、再生可能エネルギーの生成、そして企業のサステナビリティ支援へと事業領域を劇的に拡大させました。2022年頃から本格化したこのリブランディングは、「廃棄物(Waste)を管理する会社」から「持続可能性(Sustainability)を創造する会社」への脱却を意味しています。ゴルフ中継で映し出される緑と金のロゴは、この企業変革の象徴なのです。北米全土で展開される彼らのサービスは、今や環境インフラの要となっています。
北米最大の環境ソリューション企業としての実力
WMは、北米において圧倒的なシェアを誇る環境ソリューションのリーディングカンパニーです。数万台規模の収集トラック、数百のリサイクル施設や埋立地を保有し、家庭から産業廃棄物まであらゆる「ゴミ」を資源に変えるインフラを構築しています。特筆すべきは、埋立地から発生するガスを回収して電力に変える「ランドフィル・ガス発電」の技術です。これにより、廃棄物を処理しながら新たなエネルギーを生み出すという、循環型経済(サーキュラーエコノミー)の実践者として、投資家や環境団体からも高い評価を受けています。
なぜゴルフ大会のスポンサーなのか?
一見、静寂なゴルフと廃棄物処理は無関係に思えますが、WMにとってこの大会は「世界最大の実証実験の場」です。フェニックスオープンは、1週間で数十万人という桁外れの観客動員数を誇ります。これだけの人間が集まれば、当然ながら山のようなゴミが発生しますが、WMはこの極限状態こそが自社の技術力を証明する最高のステージだと考えました。「世界で最もゴミが出る可能性のある場所」を「ゴミゼロ」にできれば、どの都市や企業でも実現可能であるという強力な証明になるのです。
「ピープルズ・オープン」とWMの親和性
この大会は、格式高い他のトーナメントとは異なり、「The People’s Open(大衆のオープン)」という愛称で親しまれています。飲酒や大声援が許容される解放的な雰囲気は、エリート層だけでなく、一般市民が心から楽しめるイベントであることを象徴しています。WMの事業もまた、すべての人々の生活に直結するインフラサービスです。一部の富裕層だけでなく、広く大衆に愛される大会を支えることは、地域社会と共に歩むWMの企業理念「Community First」と深く共鳴しています。
略称の読み方と現地での定着度
日本国内では「ダブリュー・エム」と発音されますが、現地でもそのまま「W-M(ダブリュー・エム)」と呼ばれています。かつては「ウェイスト・マネジメント・フェニックス・オープン」と長く呼ばれていましたが、現在では実況や現地のファンも「WMフェニックスオープン」という呼称に完全に移行しました。ロゴマークの「WM」は、一見すると「W」と「M」が鏡合わせのようなデザインになっており、循環やリサイクルを視覚的にも表現していると言われています。このロゴは、会場内の至る所で見ることができます。
「ゴミ箱がない」驚愕の会場運営とリサイクル技術

WMフェニックスオープンの会場であるTPCスコッツデールには、一般的な「ゴミ箱(Trash Bin)」が一つも設置されていません。あるのは「リサイクル」と「堆肥化(コンポスト)」のための回収ボックスだけです。
「Greenest Show on Grass(芝生の上で最も環境に優しいショー)」というスローガンは、単なる宣伝文句ではありません。実際に会場から出る廃棄物の100%を埋立地に送らず再資源化するという、世界でも類を見ない運営オペレーションについて解説します。
埋立ゴミゼロ(Zero Waste)の仕組み
会場内には数千個の回収ボックスが設置されていますが、観客が捨てるものはすべて資源として扱われます。プラスチックや缶はリサイクルへ、食べ残しや紙皿は堆肥化施設へと運ばれます。もしリサイクルも堆肥化もできない物が混入していた場合はどうするのでしょうか。実は、それらも「廃棄物発電(Waste-to-Energy)」の燃料として利用されるため、物理的に埋立地へ行くゴミは存在しない仕組みになっています。この徹底した分別フローこそが、ゼロ・ウェイスト達成の要です。
第三者機関ULによる厳格な検証
「100%リサイクル」と自称するだけなら簡単ですが、WMはこの成果を科学的に証明することにこだわっています。安全科学の世界的権威である第三者機関「UL(Underwriters Laboratories)」による厳格な監査を毎年受け、廃棄物の行方を追跡調査しています。2013年以降、連続して廃棄物転換率100%の認定を受けており、これはスポーツイベントとしては世界最大規模の認証実績です。透明性の高いデータ開示が、WMのブランド信頼性を支えています。
ボランティア部隊「グリーン・スクワッド」の活躍
システムだけでは達成できない分別率を支えているのが、「Zero Waste Station」に常駐するボランティアたちです。彼らは観客が捨てようとするゴミを見て、「これはあちらのボックスへ」「飲み残しは液体専用のバケツへ」と即座にナビゲートします。酔っ払った観客が多いこの大会において、彼らの人的サポートは不可欠です。教育を受けたボランティアとの対話を通じて、観客自身もリサイクルへの意識を高めて帰路につくという教育効果も生み出しています。
名物「16番ホール」とサステナビリティの融合
WMフェニックスオープンを象徴するのが、周囲を巨大なスタンドで囲まれたパー3、「16番ホール」です。通称「ザ・コロシアム」と呼ばれるこの場所は、ゴルフ場とは思えない熱狂に包まれます。
2万人以上を収容するこのスタジアムホールは、単に騒ぐだけの場所ではありません。ここにもWMの緻密な計算と環境配慮が隠されており、エンターテインメントとエコロジーが奇跡的なバランスで同居しています。
2万人が絶叫する「ザ・コロシアム」の構造
360度を巨大な観客席が取り囲む16番ホールは、選手がティーグラウンドに入った瞬間から大歓声(あるいはブーイング)が降り注ぎます。静寂がマナーとされるゴルフ界において、ここでは「Make Some Noise(騒げ!)」が合言葉です。選手もこの雰囲気を楽しみ、キャップやボールを観客席に投げ込むパフォーマンスが恒例となっています。この巨大な仮設スタンド自体も、大会終了後には解体され、資材の多くが翌年以降に再利用されるよう設計されています。
熱狂が生み出す「カオス」とマナー
良いショットには雷鳴のような歓声が、ミスショットには容赦ないブーイングが飛び交います。過去にはホールインワンが出た際に、興奮した観客がビール缶を大量に投げ込んだこともありましたが、現在はプラスチックカップへの移し替えが徹底され、安全管理が強化されています。この「カオス」とも呼べるエネルギーは、PGAツアーの中で唯一無二のコンテンツとなっており、普段ゴルフを見ない若年層を引きつける強力な磁石となっています。選手にとっても、ここでのプレーは度胸試しのような意味合いを持ちます。
スタジアム内のエコ・エンジニアリング
16番ホールのスタンド下やバックヤードには、効率的な廃棄物回収システムが張り巡らされています。大量に消費されるビールや食事の容器はすべてリサイクル可能な素材で統一されており、回収から圧縮までの動線が最適化されています。また、直射日光を避けるための構造設計や、飲食エリアから出る排水(グレーウォーター)を仮設トイレの洗浄水として再利用するシステムなど、見えない部分で高度な環境技術が稼働しています。騒ぎながらも、実は地球に優しい行動をとらされているのです。
2026年大会の開催概要と見どころ

2026年のWMフェニックスオープンは、例年以上の盛り上がりが予想されています。スーパーボウルの開催時期と重なる「スーパーウィーク」のアリゾナは、世界中のスポーツファンの注目を集めます。
ここでは、今年(2026年)の具体的なスケジュールや、注目すべきポイントについて整理します。日本からのテレビ観戦や、将来的な現地観戦を計画している方にとっても必見の情報です。
開催日程とスケジュール詳細
2026年大会は、2月2日(月)の練習ラウンドから始まり、本戦は2月5日(木)から8日(日)にかけて行われます。特に注目すべきは、土曜日の「サードラウンド」です。この日は例年、大会期間中で最多の観客動員数を記録し、会場のボルテージは最高潮に達します。最終日の日曜日はスーパーボウル当日でもあるため、早い時間にスタートし、午後のキックオフまでに決着がつくようなスケジュール編成となっています。朝はゴルフ、夜はアメフトというのが現地ファンの定番スタイルです。
賞金総額とトッププレーヤーの参戦
2026年の賞金総額は2,000万ドル(約30億円規模)と発表されており、メジャー大会に匹敵する高額賞金が設定されています。高額賞金と独特の雰囲気に惹かれ、世界ランキング上位の選手の多くが参戦を表明しています。特に、過去にこの大会で素晴らしい成績を残しているスコッティ・シェフラーなどのトッププロや、若手スター選手の攻防は見逃せません。シグネチャーイベント(昇格大会)としてのステータスに関わらず、選手たちが「出たい」と願う魅力がこの大会にはあります。
松山英樹選手と大会の相性
日本のゴルフファンにとって、この大会は松山英樹選手の活躍と切り離せません。彼は過去にこのTPCスコッツデールで連覇(2016年、2017年)を達成しており、コースとの相性は抜群です。広大な砂漠地帯特有の乾燥した空気と、硬く締まったグリーンは、彼の高いアイアンショットの精度を最大限に活かせる舞台です。2026年大会においても、優勝候補の一角として現地メディアから大きな注目を集めており、16番ホールでの彼のプレーには特別な歓声が上がることでしょう。
観戦を楽しむための基本ガイドとサステナビリティ
もしあなたが現地TPCスコッツデールを訪れるなら、あるいはテレビの前で観戦するなら、知っておくべき独自のルールがあります。WMフェニックスオープンは、観客もまた「チーム・サステナビリティ」の一員として扱われます。
ここでは、この大会を100倍楽しむためのドレスコードや、ファンとしてできる環境貢献のアクションについて紹介します。
「グリーン・アウト」デーのドレスコード
大会期間中の土曜日は、伝統的に「Green Out(グリーン・アウト)」の日と呼ばれています。これは、大会のテーマカラーであり環境保護を象徴する「緑色」の服を着用して来場しようというキャンペーンです。選手、キャディ、そして数万人の観客が緑色のウェアに身を包む光景は圧巻です。この日、WMは来場者が緑色の服を着ている人数やSNSでの投稿数に応じて、環境保護団体への寄付額を増額するチャリティ企画を行うことが恒例となっています。
持ち込み禁止物と推奨アプリ
セキュリティと環境配慮の観点から、持ち込み荷物の制限は年々厳しくなっています。特に、不透明なバッグや大型のリュックサックは持ち込み禁止となる場合が多く、中身が見えるクリアバッグの使用が推奨されています。また、紙のパンフレットやペアリングシート(組み合わせ表)の配布は廃止または縮小されており、情報はすべて公式アプリを通じて入手するのが基本です。事前にアプリをダウンロードし、選手の位置情報やトイレの空き状況などをデジタルで確認するスタイルが定着しています。
ファンができる「リサイクル・ライト」
会場内では「Recycle Right(正しくリサイクルしよう)」というメッセージが至る所に掲示されています。ファンに求められるのは、単に捨てることではなく「正しい穴に入れる」というゲームへの参加です。飲み終わったボトルはキャップを取るべきか、食べ残しはどの色の箱か、といった指示に従うことは、この大会における観戦マナーの一部です。2026年からは、ガラス瓶を再利用可能なグラスに生まれ変わらせる「Refresh Glass」とのパートナーシップなど、新しい取り組みも始まっています。
まとめ:WMが示す未来のイベントのあり方
WMフェニックスオープンの「WM」とは、環境ソリューション企業「Waste Management」のことであり、彼らが主導するこの大会は、スポーツイベントが環境負荷を減らしながら経済的な成功も収められることを証明する、世界最先端のモデルケースです。
2026年大会も、松山英樹選手をはじめとするトッププロの熱戦に加え、リサイクル率100%への挑戦が見どころとなります。単なるゴルフの試合としてだけでなく、持続可能な未来への実験場として観戦することで、1打1打の背景にある深い意義を感じ取ることができるでしょう。
次にテレビで16番ホールの熱狂を目にしたときは、その足元にゴミが一つも落ちていないことに注目してみてください。そこには、WMと数十万人の観客が協力して作り上げた、静かなる奇跡が広がっています。


